468号(15年8月)

第46回北方領土復帰促進婦人・青年交流集会

四島返還 ひとりの力が大きな力に

 7月18日、ウクライナ危機後の日露関係の現状と北方領土問題の展望‐四島返還 ひとりの力が 大きな力に‐をテーマに、第46回北方領土復帰促進婦人・青年交流集会が、北海道根室市の北海道立北方四島交流センターで開催されました。全地婦連から56人、日本青年団協議会から42人、計98人が参加しました。「祈りの火」募金として、根室市長に参加者から2万7010円を贈りました。

 全地婦連中田和子副会長は主催者挨拶で、納沙布岬には沖縄の波照間島で採火した「祈りの火」が青年団のリレーで運ばれ、燃え続けています。これは返還が実現した沖縄のように、北方四島も早く返還が実現するようにとの、祈りが込められています。心を一つにして返還運動を強め、政府の後押しとなるよう、今日が前進の日であるようにしましょうと話しました。
 来賓の北海道北方領土対策根室地域本部坂上悟北方領土対策室長と長谷川俊輔根室市長から、ご挨拶をいただきました。
 まず、今年度第1回の北方四島交流訪問事業に参加した、照屋仁士日本青年団協議会会長から報告がありました。

【基調講演】
ウクライナ危機後の日露関係の現状と北方領土問題の展望
兵頭 慎治氏
基調講演は防衛省防衛研究所の兵頭慎治さん

 「ウクライナ危機後の日露関係の現状と北方領土問題の展望」と題し、防衛省防衛研究所の兵頭慎治地域研究部長の基調講演がありました。昨年に引き続きロシアとの交渉の行方について、現況を次のように話しました。
 昨年はウクライナ問題で、プーチン大統領の来日が実現しなかった。しかし今年は年内に訪日予定で、双方の準備が進んでいる。
 2018年には大統領選挙があり、日本としては他の指導者にはまったく期待できないため、交渉相手がプーチンのうちに解決したいと思っている。また、プーチンがロシア人男性の平均寿命の64歳であるという面からも、再選が危ぶまれている。よって安倍首相はそれまでの解決を目指している。
 ロシア国内では、プーチンが2000年からトップの座におり、国民はその権威的言論や統制に疲れている。その上欧米からの制裁で、経済状態も悪い。そうした状況から反プーチンの動きもあり、支持率は緩やかに下がっている。内政の不安定要素もからんで、対外強硬路線を止められず、ウクライナ問題では、「核兵器使用の準備がある」などの発言もした。
 外交面をみると、ロシアは欧米との関係悪化で、中国に接近している。国力では中国4に対してロシア1の経済規模になり、弱い立場にある。また中国の「一帯一路」構想がロシアの旧領土であった国を通過することで、影響力争いが生じており、ロシアは中国に対して、不快感を抱いている。
 またロシアは、中国の軍門に降ることを恐れ、緊張関係にあるインドやベトナム、そして日本に接近し、関係のバランスを保とうとしている。
 これらの事情から、プーチンは訪日に前向きであり、日本はこうした動きを北方領土返還に向けたチャンスと捉えている。
 しかしウクライナの戦闘悪化や、9月の中国の「抗日70周年記念日」に、プーチンの日本批判の発言があった場合、来日は難しくなる。
 今こそ世論を喚起し、返還に向けて気運を高める重要な時期に入っている。我われは日露関係全体を見極め、日本国内の盛り上がりを見せ、後方から政府の交渉をしっかり支援する必要がある。
 その後の質疑応答では、「交渉は政治家同士の決断で決まる。国民が強く四島返還を望む姿勢を見せることが大切」「ロシアにとって北方四島は軍事的価値が大きく、オホーツク海を聖なる海として、他国に入られたくないと思っている」などと話されました。

【パネルディスカッション】
戦後70年を迎えてあらためて元島民の思いを知る

 その後「戦後70年を迎えて あらためて元島民の思いを知る」をテーマに、パネルディスカッションがありました。
 コーディネーターは(独法)北方領土問題対策協会の佐藤文美さん、パネリストに国後島泊出身の古林貞夫さん、択捉島蘂取出身の鈴木咲子さんを迎え、7グループに分かれて元島民のお話を聞いたのち討論、発表をしました。
 元島民は「戦後すぐにソ連兵が入ってきて、しばらくはソ連人の指示のもと、共存生活を送ったこと。高価なものは全て略奪されたこと。そして昭和22年10月に、樺太の収容所に貨物船で強制送還され、過酷な収容所生活を送った」などと話されました。 
 各グループからは、「今、元島民の生の声を聴き、伝えること、知ってもらうことが大切。まずは身近な人から伝え問題を共有したい。現場を訪れ実際に島を見ると、考えが変わることを実感した」などの意見が出ました。

歯舞漁協を訪問

 今回の交流集会に先立ち参加者は、歯舞漁協を訪問、早煮昆布を手作業で袋詰めする様子を見学しました。
 また、納沙布岬の「北方館」を訪ね、小田嶋英男館長から説明を受けましたが、岬からは貝殻島の灯台も見えました。
 小田嶋館長によると北方四島へは富山県の出身者が多く移住し、明治2年には、国後を秋田藩、択捉を彦根藩、仙台藩、佐賀藩、高知藩、色丹を芝の増上寺が支配していたそうです。北方四島の距離の近さと同様に、さらに身近に感じられるお話でした。
 北方領土近辺では戦後70年間で、1340隻余の船、9400人を超える日本人がだ捕され、船が没収されました。ロシアの国境警備隊に銃撃されたのは23件、その内2人が死亡したそうです。
 何より衝撃的だったのはその日、花咲港から出港した船がだ捕され、11人が国後島の古釜布に連行されたことです。その後どうなったのか大変気になります。帰り道、真っ白い日本の巡視艇が速力をあげて横切ったのは、だ捕の情報を受けてと分かった時、北方領土はまさに今現在の問題と、改めて現実の厳しさを痛感しました。

早煮昆布の袋詰め作業を見学=歯舞漁協 納沙布岬の北方館で