441号(13年5月)

工夫しながら組織を維持

福島県双葉郡

福島で14年開催の全国大会は被災地からの発信の場 ともに考える場に

 今回の訪問先は、原発事故で避難を続けている双葉郡で、福島県連の齋藤会長、小林副会長、瀧本事務局長が同行、案内役は双葉郡の猪狩会長です。8単位婦人会と郡連合婦人会がありますが、会員は生活基盤をなくし、県内外での避難生活を続けているものの、現在も工夫をしながら組織を維持しています。
 避難解除地区である広野町、楢葉町、川内村と富岡町の避難解除地区、居住困難地区、そして帰還困難地区の隣接地を視察しました。
 まず、目に飛び込んできたのは、道路の両脇の畑に野積みされている膨大な数の黒いビニール袋。除染で出た汚染土や枝葉が入っているものです。屋根の瓦は落ちたまま、それでも、人の営みのある風景です。
 そして、立入り許可証の必要な富岡町へと車は進みます。信号はついていますが、誰もいない町。洗濯物がぶらさがったまま、コンビニには買い物に来たような車が止まったまま、時間が停止しています。遠目には一見、何の被害にもあっていないように見える住宅も、中はネズミとハクビシンの被害で強烈なにおいと汚れでめちゃくちゃとのことでした。
 途中、広野公民館でイベント準備中の婦人会の皆さんにご挨拶、「首都圏の電力をつくっていた原発の事故であることを忘れないでほしい」との声をいただきました。
 その後、いわき新舞子ハイツに移り、いわき市地域婦人会連絡協議会のみなさんが合流し、意見交換会を行いました。
 双葉郡の各会長からは、避難の際の経験、避難先の体験などが率直に話されました。

▽避難先はそれぞれバラバラで、初めは連絡もとれない状況でめげていたが、少しずつ消息が判明し、齋藤福島県婦連会長から提案された交換ノート「絆ノート」を回覧し、年1回、福島県に集まって、結束を固めている。
▽除染を進めれば5年で戻れるなどという政府側の説明には、とても納得できない。150年かかるのではとも言われている。2年たち、避難場所もバラバラで町民が一つに集まって話し合う場がないことが悩みである。帰りたいけれど帰れないだろうと思っている。
▽埼玉県の騎西高校へ町民みんなで避難した際には、埼玉県婦連の皆さまに本当にお世話になった。あの温かいご支援は一生忘れない。
▽避難先でも、ゴミ一つ捨てるのにも大変気を使って暮らしている。1軒の除染だけでもあの大きなゴミ袋が67個も出た。いつ帰れるかではなく、これからどう生きていくかを考えたいと思っている。
▽川内村では少しずつだが帰村する人が増えてきている。「川内迎える会」を立ち上げて活動している。
▽いろいろなものに負けないで、みんなで集まって話し合い、みんなで双葉郡を守っていきたいと思っている。

 被災者を迎え入れているいわき市からは、お互いに情報を共有して、「いわきに避難してよかった」と思っていただけるような、受け入れをしていきたいとの発言がありました。
 また、郡山市からも、借り上げ住宅や仮設住宅との連絡網をつくり、年に数回の事業を市などの助成を受けながら実施している。また、毛糸を提供して作品づくり教室も開いていて、好評であることなどが紹介されました。
 柿沼会長は、皆さんの話を受け、全地婦連として今後も支援を続けていきたいと考えていること、特に2014年に開催する福島県での第62回全国大会は、被災地からの発信の場、ともに考える場としていきたいと決意を述べました。


「絆ノート」を閲覧し、結束を固めています

1軒の除染に、ゴミ袋は67個ほど

富岡町の「立ち入り証」

車から見えるのは野積みの黒いゴミ袋

→「地域社会」のページへ