378号(08年2月)
再生紙偽装!踏みにじられた市民の良心
 年賀状のやり取りで心温かくしたのも束の間、再生紙使用年賀はがきの古紙配合率が偽装されていたという、衝撃的なニュースを聞き、それこそ耳を疑った。
 ここ数年食品を中心に偽装問題が相次ぎ、そのたびに消費者は愕然とさせられてきたが、今回は再生紙の配合率偽装だ。
 全く別の次元で、深い闇と衝撃と影響とを、私たち市民・消費者、日本社会に与えたのではないだろうか。

身近だから こその問題

 古紙回収とリサイクル、再生紙の利用は、古くから私たち市民のくらしに最も密着した、なじみ深い環境問題への取り組みであり、資源循環の象徴といっても過言ではないだろう。
 これまでに、どれだけ多くの市民が古紙回収に汗をかいてきただろう。まして子どもたちにとっては、学校で使うノートなどの文具用品という、最も身近な素材となっている。
 こうした身近な素材に対してすら、信頼を持てないというのであれば、子どもたちは社会の何を信じ、何をめざしたらよいというのだろうか。
 子どもたちの使うノートの数だけ、それぞれの子どものすぐ横に張り付くように、うそつきな大人が存在しているのと同じではないか。
 残念ながら、そこまで想像して私たちは、この事件の重大さをとらえるべきではないだろうか。

「出来ない」と言う勇気も大切

 特に、今回どうしても納得がいかないのは、日本・王子・大王・三菱・北越と、誰もが知る大企業を含む、製紙業界全体の「ぐるみ偽装」だったことだ。
 近年、大手企業であればあるほど、コンプライアンス(法令順守)、CSR(企業の社会的責任)への取り組みが盛んに行われ、担当の部署を設置し、莫大な費用をかけて「CSR報告書」「社会・環境レポート」「持続可能性報告書」などを次つぎ発行している。
 そこには、法令順守のための理念や社内体制作りの様子が描かれ、CO2削減やリサイクルなどの環境問題への取り組みはもちろん、地域貢献や国際協力の取り組みなどが紹介されている。
 しかし、「体制が整っています」といっていた企業から、食品や製品の偽装問題が発覚しているのもまた事実なのだ。
 競争の敗北を恐れる気持ちはどの企業にもあろう。しかし、大人としてのプライドを完全に貶(おとし)めてまで、業界がぐるみ体質で偽装に取り組む必要など皆無だ。できないものは「できない」と言う勇気も企業にはもってほしい。
 そこからこそ、消費者との真の対話が始まるのではないのか。

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