363号(06年11月)
衆議院憲政記念館で「女性参政60年特別展」
〜全地婦連からも出展
 今年は日本の女性が初めて参政権を行使してから、ちょうど60年の節目に当たります。
 そこで国会議事堂の前にある憲政記念館(衆議院が運営)では、「女性参政六〇年特別展」を開催し、明治から現在に至るまでの女性の政治参画を中心に、どのように日本の女性たちがその歴史・活躍の場を紡ぎ、そして戦後の民主主義と社会・文化の発展に取り組んできたかを分かりやすく展示しました。

 明治から戦前

 1868年の明治維新を契機に、日本では封建社会から欧米を模範とした近代社会に移行しはじめました。
 明治十年代に早くも全国に広がった自由民権運動では女性民権家も生まれ、男女同権を主張しました。また、各地で行われた政談演説会では、参加者の1割以上を女性が占めることも少なくなかったようです。
 しかし1889年に大日本帝国憲法が公布されて帝国議会が開設されると、女性は国会・地方議会の選挙権、政治集会参加権などの、今日ではあたりまえの政治的権利を全面的に否定されました。そして明治民法で制定された「家」制度のもとで、良妻賢母としてのみ生きることを強いられました。
  それでも明治末期、大正末期から昭和初期にかけて女性の政治的権利を得るための運動が活発に行われ、第一次大戦後には政治集会権が認められるなど、成果も生まれています。しかし満州事変後、軍国主義の台頭とともにこれらの女性たちの努力は挫折させられてしまいます。

 戦後の女性の政治参画や消費者運動

 戦後、民主主義の仕組みと参政権を得た女性たちは政治への参画と学習の大切さを発信しながら、1946年の戦後初の衆議院議員総選挙では39人もの女性議員を国会へ送り出しました。
  また、台所から社会問題を鋭く問いかけた地婦連や主婦連、生協を中心とした消費者運動は、社会が無視できないほどの大きな影響を与え、さまざまな生活問題の解決に寄与しました。
  つまり戦前からの女性たちの自らの教養を高めたり政治参画を求める運動は決して無駄なものではなく、むしろ苛酷で悲惨な戦争を超えて脈々と生きつづけ、戦後一気に花開いたものであったということが、ひしひしと伝わってきました。

 女性議員、市民運動家、美空ひばりさんも

 展示は政治の世界だけでなく、美空ひばりさんや日本人初の女性宇宙飛行士向井千秋さん、登山家の田部井淳子さんなど、社会・文化面で活躍した女性も紹介されてますが、戦前の女性たちの血のにじむような努力、また戦後の婦人会の活動の軌跡からもわかるように、社会とくらしの変化を学び深刻な公害問題や食品の安全性に気づき、ごく普通の母親が家庭から地域から声をあげた運動がなかったなら、バランスのある発展はこれほど早く臨めなかったでしょう。
 なお、全地婦連からは山高しげり初代会長の署名とメッセージの入った機関紙第1号や、カラーテレビ買い控え運動を全国に展開した「二重価格表示の実情調査報告書」などを展示しました。
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